私は大学院生で、夜間のコンビニでアルバイトをしていた。そこは郊外の住宅街にあり、深夜は特に客足が少なく、退屈な時間を過ごすことが多かった。
ある夜のこと。午前2時を回ったころ、店内には私一人きりだった。レジ横のモニターには、店内4台の防犯カメラの映像が映し出されている。退屈しのぎに、いつものようにモニターを眺めていた。
突然、奥の通路を映すカメラ3番の映像に、人影が映った。
「お客さんか」と思ったが、よく見ると、その人影は私自身だった。
私はレジカウンターに立ったまま動いていない。なのに、カメラ3番の映像では、私がゆっくりとカメラに近づいてくる。
冷や汗が背中を伝う。カメラの不具合か、と思いつつも、目が離せない。
映像の中の「私」は、どんどんカメラに近づき、やがて画面いっぱいに「私」の顔が映った。
そして、「私」が口を開いた。
「かわろう」
恐怖で体が硬直する。しかし、それで終わりではなかった。
カメラ2番、カメラ4番と、次々に「私」が現れ始めた。どの「私」も同じことを繰り返す。カメラに近づき、「かわろう」と言う。
パニックになった私は、店長に電話をしようと携帯を取り出した。
画面に映ったのは、私の背後に立つ「私」の姿だった。
振り返る勇気はなかった。そのとき、肩に冷たい手が触れた。
「かわろう」
声の主が、本物の私ではないことだけは確かだった。
その日以来、私は鏡を見るのが怖くなった。鏡に映る「私」が、本当に自分なのか確信が持てないのだ。
時々、鏡の中の「私」が、こちらを見てニヤリと笑う気がする。
そして、小さな声で囁くのだ。
「かわろう」
あの夜以降、私の人生は大きく変わった。精神科医のカウンセリングを受けるようになり、幻覚や妄想の可能性も示唆された。しかし、私にはあの体験があまりにも鮮明に残っている。
友人や家族は心配そうに私を見る。「最近、様子がおかしい」と言われることもある。でも、本当におかしいのは私なのだろうか?それとも、あの夜に何かが入れ替わってしまったのだろうか?
今でも夜、一人でいるときは恐怖で胸が締め付けられる。部屋の隅々に目を配り、影の動きに過敏に反応してしまう。鏡はすべて布で覆い、スマートフォンの自撮りカメラも使わない。
そして、時々聞こえてくるのだ。微かな囁き声が。
「かわろう」
私は誰なのか。本当の私はどこにいるのか。
この疑問は、これからも私につきまとい続けるのだろう。
あなたも、鏡を見るときは気をつけて。
映っているのが本当にあなた自身だと、どうして言い切れるだろうか?