私は海軍の潜水艦乗組員として15年のキャリアを持つ。様々な任務を経験してきたが、3ヶ月前の出来事ほど恐ろしい体験はない。
その日、我々の潜水艦は太平洋の未探査海域での調査任務に就いていた。海底7000メートルという前人未到の深度に挑戦する任務だった。
潜航開始から36時間が経過し、深度6500メートルに達した頃、奇妙な出来事が起き始めた。
最初は些細なことだった。機器の誤作動や、原因不明のノイズ。乗組員の中には幻聴を訴える者も出てきた。
深度6800メートルに到達したとき、通信機器が完全に機能を停止した。我々は完全に孤立した。そして、その直後だった。
「コンコン」
誰もが顔を上げた。明らかにハルの外側から聞こえてくる音。この深度で何かが潜水艦の外側を叩いているのだ。
船長が即座に命令を下した。「浮上せよ」
しかし、エンジンが反応しない。我々は海底7000メートルで完全に動けなくなった。
そして、悪夢が始まった。
ハルを叩く音は次第に大きくなり、頻度を増していった。まるで、何者かが中に入ろうとしているかのようだった。
乗組員の中に、パニックの兆候が見え始めた。幻聴を訴える者が増え、中には「声が聞こえる」と叫ぶ者も出てきた。
48時間が経過した頃、最初の犠牲者が出た。
機関士のジョンソンが発狂し、自ら緊急脱出ハッチを開けようとしたのだ。我々が必死に止めている間も、彼は「彼らが呼んでいる」と叫び続けた。
その後、次々と乗組員が狂気に飲み込まれていった。幻覚、自傷行為、そして最悪の場合は自殺。
72時間が経過した時点で、正気を保っていたのは私を含めてわずか3人だけだった。
そして、ついに「それ」が姿を現した。
監視カメラに映ったのは、人型ではあるが明らかに人間ではない何かだった。細長い指で潜水艦の窓を引っ掻いている。その姿を目にした瞬間、残っていた2人の仲間も発狂した。
私は最後の望みにすがった。非常用の音波発生装置だ。海洋生物を撃退するための高周波を発する装置である。
装置のスイッチを入れた瞬間、ハルを叩く音が激しくなった。そして、人間の悲鳴にも似た、しかし明らかに人間のものではない絶叫が響いた。
その直後、潜水艦が激しく揺れ、私は気を失った。
目覚めたのは、救助艇の中だった。奇跡的に浮上し、救助信号を発することができたらしい。
しかし、生還したのは私一人だけだった。
そして、最も恐ろしいことは、私の体に残された痕跡だ。
右腕には、人間の歯型にも似た、しかし明らかに人間のものではない咬傷の跡が残っていたのだ。
今でも夜になると、あの深海からの呼び声が聞こえる気がする。そして、いつか「彼ら」が私を迎えに来るのではないかと...そう思うと、眠ることさえ恐ろしい。