私は都市開発プロジェクトの一環で、30年前に閉鎖された古い総合病院の調査を任されていた。開発前の最終確認だ。
真夏の昼下がり、私は単身で廃病院に足を踏み入れた。ひんやりとした空気が、じっとりとした外気と対照的だった。
薄暗い廊下を歩いていると、どこからともなく「コツコツ」という音が聞こえてきた。誰かが歩いているような音だ。「まさか…」と思いつつも、音の方へ向かっていった。
そこは産婦人科病棟だった。錆びついたベッドが何台も並び、古びたカーテンがかすかに揺れている。音はさらに奥から聞こえてくる。
診察室のドアを開けると、そこには白衣を着た男性が立っていた。私が声をかけようとした瞬間、男性はゆっくりと振り返った。
その顔には、目も鼻もなかった。口だけが赤々と開かれている。
恐怖で後ずさりしたその時、背後から誰かに肩を掴まれた。振り返ると、そこには無数の患者たちが立っていた。皆、顔のない白衣の医師と同じ、目鼻のない顔をしていた。
彼らは口々に囁いた。「新しい患者さんだ」「やっと来てくれた」「もう帰さない」
気づくと私は診察台に寝かされていた。顔のない医師が、巨大な注射器を手に近づいてくる。
「さあ、治療を始めましょう。あなたが最後の患者です」
私は必死に抵抗したが、体が動かない。注射器が顔に近づいてくる。そして…
翌日、開発チームが病院に到着した時、私の姿は見つからなかった。ただ、診察室の診察台の上に、顔のない人形が一つ、置かれていただけだった。
それ以来、この病院の解体工事に携わった作業員たちの中から、次々と行方不明者が出ているという。そして、その度に診察室の人形が一つずつ増えていくのだ。